たいらじゅんが日記を書くってよ

日記・備忘録、的な。

フジテレビ月曜夜8時の歌番組に出演したときの状況

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僕はもう41(歳)です。

ただでさえ記憶力が悪いのに、気づけば過去の記憶が断片的になっているものも増えた気がします。

今回の記事を書く際に、僕の過去を記述することが「過去の栄光」を自慢しているように思われそうで、カッコ悪いと思っていました。

しかし、あの日の僕をこのブログに残したいと思いますし、この記事を読んでくれている皆さんは、テレビの裏側的な話は興味のある話だと思いますので、たとえカッコ悪いと思われても僕の過去を残しておこうと決めました。

 

では簡単な自己紹介を含めて書きますね、

HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMPに出演したときの話を。

 

目次

 

 

フジテレビ月曜夜8時の歌番組に出演したときの状況

1.自己紹介

僕の名前は「平良 潤(たいらじゅん)」と言います。

本名出すことに関しては、特になんとも思わないです。

そもそもこの名前でミュージシャンとして活動していましたし、楽曲もいくつか残していますので、今さら名前を隠すつもりはありません。

 

youtu.be

(見えにくいけどドラムを叩いているのが僕です。)

 

あんまり自己紹介が長くなるとつまんない記事になるので、さらっと僕のプロフィールを書きますが、沖縄県宮古島の出身で、1999年ごろからドラマーとして活動し、作詞・作曲も行っております。

現在は音楽活動は休んでいます(辞めてはいません)。

 

僕の処女作「夏初月(なつはづき)の唄」


夏初月の唄 / 平良こずえ

(この曲に関してはまた別の機会にお話しましょう。)

 

 

そんな僕は、2003年からある楽団に所属します。

それが、琉球ムドン楽団です。

 

www.ryuchim.com

 

当時から琉球ムドン楽団は8名編成という大所帯のバンドであり、派手な衣装と沖縄音楽をベースに、伝統的な琉球舞踊を魅せ、コミカルな楽曲で会場を笑顔にし、さらには、お芝居まで行うエンターテイメント性の高いバンドでした。

 

その琉球ムドン楽団に転機が訪れたのが2006年。

2ndアルバム「琉球ロマン紀行」がポニーキャニオンから発売され、某家電量販店のイメージソングも担当しました。

 

youtu.be

 

そして2006年5月、あの歌番組に出演することになるのですが、その前に打ち合わせを1ヶ月ほど前に行いました。

 

2.打ち合わせ

打ち合わせには、番組のスタッフ(恐らく構成担当の方)、そしてリーダーである「ボブジー」とマネージャーしか参加しておらず、細かなところは僕は知りませんが、バンドのこれまでの歩みとか、エピソードなど、いろいろ質問されたようです。

当時僕が知っていた情報は、何組かのアーティスト(バンド)がまとまって同時に出演するということぐらいです。

単独じゃないことにちょっぴり残念な気がしましたが、よくわからない沖縄のバンドが流石にいきなり単独でっていうのは、虫が良すぎですかね(笑)。

 

おもしろかったのはこの後ですね。

台本が届くのです。

 

つまり、収録はあらかじめ決められた台本に沿って進行していくということです。

僕ら琉球ムドン楽団は「リーダーのボブジーが女性メンバーにセクハラを繰り返し、バンドの問題になっている。」という内容で話が進むことになっていました。

もちろんこれは創作です。実際にそんなことはありません。絶対に(笑)。

ちなみに、ボブジーはそのような話を打ち合わせの時点で発言していないはずです。

番組の構成作家の人が、打ち合わせで話した内容を持ち帰り、構築し、そのようなストーリーで話を進めていくと台本を作成したということですね。

 

 ここで別の話になりますが、実はそれ以前にも別の番組への出演以来がありました。

その番組は、現在南の島で暮らしてるといわれる超大物司会者と、伝説的な俳優の奥さんの妹(ややこし(笑))が司会を行う、「新婚さんいらっしゃい」のカップルバージョンみたいな番組でした(番組名はふせておきます)。

その番組から提示された内容が、同じバンドの女性メンバーと僕が恋人同士であるという話で(もちろんそれも事実と異なります)、出演してくれませんか?という内容でした。

丁重にお断りさせていただきました(笑)。

(僕は若い頃にAVへの出演オファーを頂いたこともあります。もちろん断りました。)

 

話を戻しますが、つまりはテレビとはそういうものなのでしょう。

事実がどうとかではなく、面白さをつきつめていくものなのでしょうね。

もちろん悪意の無い範囲でね。

 

3.収録前

もうスタジオの名前は覚えていません。場所も。

とりあえず、収録の3~4時間ほど前にはスタジオ入りしていたような記憶があります。

控え室にはテレビ(モニター)が置かれていて、僕が適当にチャンネルを合わせると、総合格闘技の「PRIDE」の再放送が流れていたのは覚えています。

あと、何も放送されていない空きチャンネルでは、同じ建物内で撮影されている別スタジオの様子が映し出されていて、ちょうどドラマの撮影中の様子が見れました。

モニターに映し出されていたのが、、、

 

稲垣五郎さんでした。

スタンバイ中だったと思います。たまにメイクさんが髪型を直しにカメラに割って入ってました。

恐らく、ドラマ「ブスの瞳に恋してる」の収録だったと思われます。

かなり長い時間スタンバイしていてました。

ドラマの撮影って大変ですね。

 

今回は、琉球ムドン楽団以外にも、多数のアーティスト、団体がいるということで、全員のメイクにだいぶ時間がかかっていました。

長い待ち時間、当然お手洗いにも行きます。

そのお手洗いで僕は遭遇するのです。

僕の横に並んだ男性。

それは、、、

 

野村忠宏さんでした。 

驚きでした。

柔道でアトランタシドニーアテネとオリンピック3大会連続金メダルのレジェンドです。

野村さんもまたHEY!HEY!HEY!の収録のため、このスタジオに来ていました。

手を洗いながら軽く会釈をしたのを覚えています。

僕より身長は低いのですが、シュッとしてかっこよかったです。

 

「すごい。これがテレビなのか…。」

 

僕らは長い待ち時間をただただ待っていたわけではありません。

当然「アレ」を行います。

 

ビリーズブートキャンプです。

 

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うそです。

 

「あいさつ」です。

メンバーの「舞凛(まりん)」のお母さん手作りの“サーターアンダギー”を持って、メンバー全員でダウンタウンのお二人の楽屋へ挨拶しにいきました。

ダウンタウンのお二人は、別々の楽屋になっており、最初に松本さんの部屋を伺い、その次に浜田さんの楽屋へ。

さすがにサーターアンダギーの破壊力は高く、お二人とも喜んでいたように見えました。

当たり前かもしれませんが、テレビで観る感じとは全く違う雰囲気でしたね。普通に人当たりの良い、いいひとって感じでした。

 

4.本番

いよいよ本番です。

ADのような方が1組ずつバンド名を言い、呼ばれたバンド(アーティスト)が収録スタジオに入ります。 

収録スタジオに入ると観覧席から暖かい拍手が起こりました。

この時に印象に残っているのが、8~9割りぐらいが女性の観覧者だったのですが、綺麗な人が多かったことですね。

そういうことはハッキリと覚えています。

でも、違和感を感じました。一般の方というよりは、そういうお仕事の人のように感じました。

一瞬観覧席が映ったときの見栄えも良いですし、練習してきたかのような洗練された盛り上がり方だったので、いわゆる「サクラ」のように感じました。

やはり中央のテレビは細かなところまで徹底しているのかな?と思いましたが、実際はどうだったのかは知りません。

 

この日の収録は、「ランクインの予感」という企画コーナーになっていました。

僕ら以外にもメジャーデビューしたばかりの新人さんが何組かそろい、ダウンタウントークするという内容でした。

この時出演したアーティストの中で唯一ヒットしたのが「mimaru GT」さんです。

mihimaruGTさんは、この放送の直後「気分上々↑↑」が大ヒットしました。

音楽好きならご存知のお二人ですね。

 


mihimaru GT - 気分上々↑↑

 

あと「チナッチャブル」といって、若槻千夏さんとアンタッチャブルのお二人が結成したユニットもいました。

 

進行のダウンタウンさんとは一度も打ち合わせを行っていないので、前述した台本を元に話が進んでいきます。

一組ずつトークが進み、いよいよ我々、琉球ムドン楽団の番に。

どれぐらい話したでしょうか。わりとあっという間に終わった記憶があります。

途中ボブジーアンタッチャブルザキヤマさんに向かって「この世界、セクハラなんてあたりまえだよね!」というブラックな発言で絡み(アドリブです)、ザキヤマさんがあたふたするシーンもありました。ていうかそこしか覚えていません。

なんたって、観覧席の綺麗どころに見惚れてましたから(笑)。

 

全体の収録は体感では短く感じました。

収録スタジオを出るとき、琉球ムドン楽団は一番最後に退場することになったのですが、ここで僕はなにかもっと印象に残るようなことをしたいと思い、最後尾にいた僕はおもわず客席に向かって「ありがとうございました」と深々と頭を下げ収録スタジオをあとにしました。

軽く拍手は起こりましたが、微妙でしたね。

 

5.撤収

収録後はそそくさと撤収です。

さきほどの収録スタジオを出るとき、僕は最後尾にいたと書きましたが、ドラマーというのは自然とそうなる気がします。

ライブでもメンバー全員の背中をみながら演奏することが殆どですし、ドラムセットの片付けも時間かかるので、いつもスタジオやライブハウスを後にするのが最後です。

そしてこの日もバンドメンバーでは一番最後にスタジオを退出しました。楽器の片付けとかはないのに、もう癖のようなものです。

他のメンバーはすでに駐車場へ向かっていたので、僕はスタジオの入り口で待つことになりました。そこに車が迎えに来るという段取りです。

入り口に着き、すっかり暗くなった空を見上げたその時です。

 

フェンスの向こう側で2名の女性が僕に向かって手を振っていることに気づきました。

「え!?」

僕は驚きました。

「これがテレビの効果なのか。」と。

もしかすると、さっき一礼したのが良かったのかもしれない。なんとなくそう思いました。

僕はどうリアクションしたらよいのかわからず、とりあえず会釈します。

すると女性二人組はさらにテンションが上がり僕の方に手を振るのです。

しかし、それは僕に対してでないことがわかりました。

僕の後ろにはあの方がいたのです。

 

浜田雅功

 

驚きました。スターが僕の後ろにいる!

反射的に「お、お疲れ様ですた!」と言うと、「はい。お疲れ様でした。」と優しく返してくれました。

めちゃくちゃ嬉しかったです。

そのまま浜田さんは階段を降り、高級車をご自身で運転してスタジオを後にしました。

それと同時に僕を迎えに車がきたので乗り込み、さっきの女性二人組にもう一度会釈して車に乗り込みました。

車の中で僕は思考を巡らせていました。

恐らくあの女性二人組ははじめから僕ではなく、浜田さんに手を振っていたはずです。

それを勘違いした会釈した僕。

恥ずかしい・・・。

 

6.琉球ムドン楽団のその後

HEY!HEY!HEY!に出演したからといって一気にスターにはなれるとは限りません。

世の中は厳しいものです。そう上手くはいきませんね。

 

前述したとおり家電量販店のイメージソングを歌っていたこともあって、全国の店舗で演奏する機会は増え、TVコマーシャルにも起用されました(確か僕らの前はブラックマヨネーズさんだったと思います)。

 

しかし、個人的に一番大きな出来事と言えば、やはり中国公演でしょう。

リーダーであるボブジーの必死の営業活動により、外務省からの信頼を得て、中国での日中国交正常化の記念式典での出演を果たしました。

広州、重慶、北京と3都市を巡り、パレードに参加したり、音楽祭に出演したり、大学生と交流したり、普通のアーティストではなかなか経験できないことを僕らは果たしたのです。

 

今回の記事はテレビ出演時の状況がメインの記事なので、ここでは詳しい状況は差し控えますが、2008年に琉球ムドン楽団は一旦活動を休止し、僕は脱退します(誤解しないように書いておきますが、喧嘩したとか、不満があったとか、そういうトラブルが原因ではありませんので、あしからず)。

公式の発表では第1次活動終了となってます。

 

2012年にメンバーを刷新し復活。結成当初からのオリジナルメンバーは、リーダーのボブジー、サックスのヨーダのみとなりましたが、パワーアップして帰ってきました。

 

現在は、アメリカ、ロシア、台湾、そして世界を巡る高級クルーズ船内での演奏などなど、世界中でライブを行うバンドとなり、精力的に活動中です。

 

あ!そうそう!

近いうちに北海道でのライブがあります。

北海道のみなさん、ぜひ遊びにいってください。

…って、今日からですね(汗)

告知が遅くてすみません。

 

■ Live in 帯広&札幌
  ◎16日 ... 泡盛同好会北海道in帯広
  ◎18日 ... 北海道泡盛同好会in札幌

 

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7.終わりに

後半は、所属していたバンドの告知みたいにりましたが、HEY!HEY!HEY!に出演したときの状況を書かせていただきました。

 

僕はよくこのブログでプロレスを取り上げますが、プロレスの世界も音楽の世界も、デビューしてからが大変です。

テレビに出たからといってすべてが上手くいくかというと、そうではなかったです。

あの日、たくさんのアーティストが出演した中で、ブレイクしたのはmihimaruGTだけでした。

 

※参考までに(#501が僕らが出演した回です)

https://www.fujitv.co.jp/HEY/onairlist501-550.html

 

今回は、あくまでテレビ出演時の状況をメインに書いたので、いろいろな部分を端折って書いてますが、テレビの収録時の様子が少しでも伝わればいいかなと思います。

 

なんか雑な感じの終わり方ですが、ここで終わります。

 

今後、このブログではしばらくの間、僕の過去の音楽活動の思い出を書き綴っていこうと思います。

今後とも、よろしくね!

 

じゅん