たいらじゅんが日記を書くってよ

日記・備忘録、的な。

2020年3月31日(火)僕はブログを再開することを決めた。

 

皆さん、お久しぶりです(そして初めての方は、はじめまして。)

突然ですが、ブログ再開します。

最後にブログを更新したのは昨年(2019年)の8月なので、半年以上ぶりに再開することになります。

 

なぜ更新が滞っていたのか、その間、なにをしていたのか…。

実は特に理由も無いので、その説明は割愛させていただきます。

 

今回、ブログを再開するにあたり、ひとつ決めていることがあります。 

それは、僕の個人的な「日記」として書き綴ることです。

 

「芸能人じゃあるまいし、いったい誰があなたの日常に興味を持ち、わざわざそんなブログを読むための時間を使うというのか。」

という文言をよく目にします。

確かにそうですね。

日記系のブログは、ほぼ読まれないということは“知っています”。

“知っている”というだけで、経験はしたことはありませんが。

ただ僕は、ブログの収益化を目指している訳でもなく、人気ブロガーを目指している訳ではありません。

 

「遺そう」

 

そう思ったのです。

僕の日常を遺しておこう。

そう、思った。

 

いつからか僕は、「遺書を書かなければいけない。」という考えを持つようになりました(まだ全然書いていません)。

これは僕の死生観から来る衝動のようなものです。

ここでは詳しく僕の死生観は書きませんが、簡潔に書くと、明日どころか1分後に生きている保障は誰にもないということです。

だからなのです。

だから遺書なのです。

死んでからでは、誰にも何も伝えられない。

生きている今だからこそ、遺書は書いておかなくちゃいけないと思っていますし、生きている今だからこそ、思いを伝えなければいけない。と思ってます。

 

このブログでは、僕が生きた足跡を書き綴ろうと思います。

過去にあった出来事、うれしかったこと、悲しかったこと、楽しかったこと、見たこと、聞いたこと、気付いたこと、感じたこと、空が青かったこと、花が美しかったこと、海が輝いていたこと、太陽が眩しかったこと、暑かったこと、寒かったこと、風が心地良かったこと、感謝したいと思ったこと、尊いと思ったこと、儚いと思ったこと、幸せだと思ったこと、、、。

 

簡潔に書くことが殆どになると思うけど、遺していこうと思います。

たとえ【〇月〇日、晴れ、今日は友人とパリピでヤッホー!でした。終わり。】となろうとも、それでも書き遺します。

 

なんかこう書くと、近いうちに僕が天に召されるみたいな書き方ですね(笑)。

確かに病気はありますが、死にません。大丈夫です。安心してください(笑)。

ただ、いつか本当に僕が死んだときに、誰でも、いつでも、僕が生きた瞬間を感じることが出来る日記になるといいな…。

 

本来、日記なんて人に見せるものではないと思うのだけど、読んでる人が恥ずかしくなるようなことを書かなければいいかな(それでもその恥ずかしいことを書くのが僕なんだけどね)。

まぁ、面白いブログにはならないと思うけど、みんな、、、

末永くよろしくね。

 

たいらじゅん