いい作品に出会えた。
コンビニでなんとなく手に取った本。
「桜の下で待っている(彩瀬まる 著書)」
本との素敵な出会。
たまにそういうのってあるんだよね。
あらすじ『面倒だけれど愛おしい「ふるさと」をめぐる感動作』
郡山、仙台、花巻…桜前線が日本列島を北上する4月、新幹線で北へ向かう男女5人それぞれの行く先で待つものはー。
実家との確執、地元への愛着、生をつなぐこと、喪(うしな)うこと…複雑にからまり揺れる想いと、ふるさとでの出会いをあざやかな筆致で描く。注目の気鋭作家が丁寧に紡いだ、心のひだの奥底まで沁みこんでくる「はじまり」の物語。
この本は五つの短編で構成されていて、その全てに花の名がタイトルに盛り込まれている。
1.モッコウバラのワンピース
2.からたち香る
3.菜の花の家
4.ハクモレンが砕けるとき
5.桜の下で待っている
おもしろいのは “ふるさと” がテーマにはなっているが、それぞれのストーリーでその定義が違う。
本書の解説から引用するが、まず、1つ目の「モッコウバラのワンピース」は、大切な人がいる場所。2つ目の「からたち香る」は、愛する人のふるさと。3つ目の「菜の花の家」は、生まれ育った場所(つまり、一般的に言う“ふるさと”)。4つ目の「ハクモレンが砕けるとき」は、血の繋がりのある人がいる場所。5つ目の「桜の下で待っている」は、持てなかったふるさと。
個人的には、「モッコウバラのワンピース」と「桜の下で待っている」が好きな話だった。
「モッコウバラのワンピース」
東京で暮らす主人公「智也」には、宇都宮で暮らす祖母がいる。月2回の病院の診察や、重量のある買い物の付き添いに母が行けない日には、智也が付き添うことになっていた。
祖母は夫を亡くしているが、ある日、旅の途中で出会った男性と恋に落ち、家族・親族の大反対を押し切り、その男性と暮らすため宇都宮へ移り住む。しかし、そんな生活は長くは続かず、その男性も事故死してしまい、祖母は今、宇都宮で一人暮らす。
そして智也は、付き合っている彼女のある発言がきっかけで、どことなく沈んだ気持ちを抱き、スッキリしない感情が心に蔓延っていた。
智也と祖母の二日間を描いたお話。
「桜の下で待っている」
両親の離婚によって離別してしまった姉と弟。そんな環境で育ったせいか、弟は現在お付き合いをしている彼女との結婚に前向きな感情になれないことを姉に相談する。
過去の記憶を手繰り寄せた瞬間に訪れた気付き。
それぞれの心の奥底に刺さっていた棘はいつのまにか消え去り、深まる夜に新しい季節の訪れを感じる物語。
このお話はおもしろことに、他の物語では登場していた桜は既に散っていて、変わりにライトアップされた東京タワーがシンボルとして登場する。
この本は、全体的にハラハラする展開もなければ、ドラマティックな展開もない。映画やドラマや漫画のようなエンターテイメント要素は無く、たんたんとした日常を描いているので、エンタメ性を望む(好む)人には向いていないと言える。
エンタメ要素が無いとはいえ、言葉の表現力が秀逸で、例えば、緑が眩しい山々の表現、コーヒーを飲み込むときの表現、花の散る瞬間、服装や髪型、感情表現、心が動いた瞬間、それらがとても素敵な世界観となって話を彩り、常に心を潤わせて読み進めることができる。
柔らかで暖かな、そんな1冊だった。